お子様と麻酔について

お子様の麻酔についてご説明します。

はじめに

麻酔が進歩したおかげで、生まれる前の赤ちゃんにさえも、手術や様々な治療が可能な時代になりました。ほとんどが手術の時の麻酔です。しかし、ちょっとした検査や処置の場合でも、お子様に痛みや不快感を与えたくないため、麻酔が必要となります。なかでも全身麻酔の役割は非常に大きいのです。

全身麻酔という言葉は、ほとんどの方がご存知だと思います。しかし麻酔の話を聞く機会はとても少なく、大切なお子様の麻酔や手術を前にして、相当な不安感を持たれることは当然だと思います。

御両親、ご家族の不安や心配は、お子様にも影響を与えます。そのため麻酔について少しでもご理解いただき、不安や恐れをできる限り少なくしてお子様に手術や検査を受けていただけるよう、これからご説明します。

なお、この説明は、あくまでご両親やご家族の理解を助けるための一般的内容です。お子様が手術や検査を受けられる病院での手順や説明内容と、異なることがあるかもしれません。お子様の麻酔についてのご質問は、麻酔を受けられる病院の麻酔科医、担当医へお尋ね頂きますようよろしくお願いいたします。

2023年7月改訂

1. 全身麻酔って何でしょう?

麻酔とは、手術中の痛みを取り除き、患者さんの身体の状態を厳重に守り、手術が安全に行えるように全身の状態の管理にあらゆる努力をすることです。あなたのお子様が全身麻酔のもとに手術を受ける場合、お子様は痛みを取り除かれるだけでなく、血圧、脈拍、呼吸、体温などの全身状態が正しく管理された状態におかれるため、手術を安心して受けることができるのです。

2. なぜ、全身麻酔が必要なのでしょうか?

麻酔なしで手術をすることは、お子様にとって安全ではありません。初めての環境で受ける恐怖心や苦痛を与えることが、お子様の精神衛生上、悪影響を与えるかはおわかりいただけると思います。お子様が、よりよい手術や検査を受ける為には、全身麻酔が必要なのです。

3. 局部麻酔と全身麻酔の違いは?

「全身麻酔はこわい!」とか「局部麻酔でできませんか?」という質問が時々あります。大人の場合、手術の内容によっては局所の痛みをとるだけで十分な場合もあります。しかしお子さんの場合は痛みがなければじっと動かずに長い間、我慢できるわけではありません。そこで、全身麻酔が必要となる場合が多いのです。

そして麻酔とは、単に痛みをとる以上に、患者さんの全身状態を最善に保つさまざまな処置も含んでいるのです。全身麻酔の場合、最大限の安全を担保するため麻酔を行う医師がつきそいます。しかし局部麻酔の場合は、検査や手術をする医師や看護師が行なう場合が多くなります。そのため必ずしもそばに入れるわけではありません。自分の訴えが上手にできない小児では全身麻酔の方が好ましい場合が多いのです。

4. どのような方法で全身麻酔をかけるのでしょう?

全身麻酔の方法はいくつかあります。大人と同じように点滴をして、点滴からお薬を投与する方法、麻酔のガス(吸入麻酔薬)をマスクから吸って眠る方法などです。全身麻酔で眠っている間は呼吸が疎かになるためマスクで呼吸を補助したり、口の中でそっとマスクを広げるラリンゲルマスクもしくは気管の中に管を挿入して、肺に酸素や麻酔薬を送る気管挿管という方法で気道を確保します。

マスクでの麻酔の場合、用いる薬は甘い香りのするガスなので不愉快な感じはありませんし、ラリンゲルマスクやチューブも細くて柔らかいビニールやシリコンでできており喉に傷が付くことは稀です。気管挿管の場合でも、あらかじめお子様が眠ってから行いますので、お子様が怖がることはありません。

麻酔は決して簡単ではなく、高度の知識や技術が必要です。しかし麻酔の深さは調節がしやすく手術だけでなく検査も行うことができます。そして手術が終わるとすぐに麻酔をさますこともできます。そして麻酔の間は、麻酔科医によってお子様の全身状態は全て管理されておりますから、外科医は安心して手術を行うことがができます。

手術や検査が終わりに近づくにつれて麻酔の深さも徐々に浅くなるように調節され、そしてまもなく目がさめます。元気な声で泣く赤ちゃん、きょとんとした顔で周囲を見回している幼児、いつもどおり寝起きが悪くて興奮して泣きながら激しく体を動かしたり手足をバタバタさせたりするお子様、自然睡眠と重なってぐっすり寝ているお子様など、様々なタイプがあります。あなたのお子様はどのタイプでしょうか。どのタイプでもご心配はなさらなくて大丈夫です。

5. なぜ、全身麻酔の前に麻酔科受診や検査が必要なのでしょう?

今までの説明で、全身麻酔について少しご理解いただけたと思います。より安全に手術をうける為に必要なこの全身麻酔も、患者さんのもともと持っている病気のことを知らなかったり、患者さんの状態を考えることもなく麻酔をしては危険が伴うことは言うまでもありません。

そこで、全身麻酔を受けても大丈夫かどうかを調べるために、予め麻酔科外来などで麻酔科医が慎重に患者さんを診察することは、患者さんの安全のためにとても重要だと考えています。

マスクによる吸い込む麻酔による全身麻酔ですので、かぜなど喉や鼻の状態がおかしい場合やアレルギー状態、咳込む可能性がある場合などは、緊急を要する手術や検査の場合以外は、手術や麻酔を延期した方が賢明といえます。また貧血がありますと、麻酔と共に体内に運ばれる酸素の量が少なくなり、危険な状態になることもあります。そういう危険を避けるためにも予め血液の検査や胸のレントゲン検査などがおこなわれるのです。

6. どういう場合に、麻酔をかけられないのでしょうか?

一度主治医の先生が予定された手術や検査も、私たち麻酔科の診察の結果、延期した方が良いと思われる場合があります。確かに麻酔は進歩し、生まれたばかりの赤ちゃんや、瀕死の患者さんでも無理をすれば相当に安全な麻酔がかけられます。しかし、本当にお子様の安全を考えたら、これは必ずしも好ましいこととはいえません。そこで総合的に考えて、お子様に最もよいと思われる方法を主治医や家族の方と話し合ってお勧めするようにしています。

そのような時、ご家族の方にはすぐに納得していただけない場合もあるかと思います。例えば、風邪薬をつい最近まで飲んでいた様な場合です。風邪の症状は全くなくなっても体の中の変化は治りきっていない場合もありますし、風邪薬には血液を固まり難くする成分が入っている場合もあり、麻酔には支障がなくても手術に差し支える場合などがあるからです。

この他、予防接種を受けた後や、喘息の発作があった後、肺炎がなおってからしばらくたった後など、お子様自体は一見元気そうでも、体の中の病気と戦う能力が低下しており、手術や麻酔のストレスに敢えて晒さない方が良いと考えられる場合もあります。

7. なぜ、全身麻酔の前には食事が厳重に制限されるのでしょう?

麻酔中は自然な睡眠とは違い、胃の中に内容物があると嘔吐を起こしやすく、吐物が肺に入ってしまうと、窒息を起こしたり肺炎になるなど、非常に危険です。そこで、全身麻酔をかける場合、予め胃の中を空虚にしておくことが大切なのです。そのため手術予定時間の何時間か前から、食事や飲み物の制限を指示されます。しかしお子様の場合、ただ食事をさせなければそれで良いというものではありません。あまり長い間水分を与えないと脱水により熱がでることもありますので、麻酔科医は各々のお子様に最も適した飲み物や食べ物の制限を指示することになります。

入院中のお子様の場合、その指示を看護師が正確に管理させていただきます。しかし家から病院に来て直接手術を受ける日帰り手術などのお子様の場合、この重要なことをおうちの方にしていただくことになります。

麻酔科外来診察時、麻酔科医から指示を受けた場合、ご家族全員で正確に守って頂きたいと思います。「かわいそうだから」といって、指示以外の時間に食べ物を与えたりしますと、取り返しのつかないことになる場合がありますので、この点だけはくれぐれも厳重に守ってください。説明を聞かれたご両親だけでなく、お子様の兄弟姉妹や、おじいさまやおばあさまにご理解いただけるよう、よく理由をお伝え下さい。

8. 全身麻酔からさめるとき

吸う息とともに体の中に吸収された麻酔薬や静脈の中に入った麻酔薬により全身が麻酔され、その全身状態をより安全に維持する努力を麻酔科医が行なうことは、すでに説明しました。一方で手術が終わると麻酔科医はそのような状態から普通の状態にかえす、つまり手術の時に用いられた麻酔薬や、手術の影響から早く回復させようと努力します。しかし、手術が終わってすぐに痛がっては困ります。そこで、手術の場所によっては特別の薬を用いたり、全身麻酔中に硬膜外麻酔や区域麻酔と呼ばれる痛みを和らげるための処置を予め行なっておき、手術が終わって麻酔からさめても痛がらないようにするのも麻酔科医の仕事です。

手術や検査が終わりに近づくにつれて今度は身体から麻酔薬を徐々に出し、麻酔をさます方向にもっていきます。麻酔が浅くなってきますと、患者さんは刺激により泣いたり、手足を動かしたりというように目がさめはじめます。そうなると次は、手術室の中の回復室と呼ばれる所に移り、静かに看護が行なわれます。そして病棟や外来に帰り、今度はそこの看護師が看護を行ないます。もちろん必要に応じて、いつでも麻酔科医がかけつける体制になっております。

 

9. いつから食事ができますか?

麻酔中の患者さんには、薬剤や水分などの投与のために必ず点滴が入れられます。そのため手術のあと十分に目がさめるまでは無理に水を飲まなくても脱水になる心配はありません。完全に目がさめて一時間程したらお茶やお砂糖水などを飲ませてみます。もし、気持ちが悪くなって、嘔吐するようでしたら、麻酔薬の影響がまだ残っていることがありますので、もうしばらく様子を観察したりします。学童で、乗り物酔いをするお子様の場合、麻酔そのものの影響はすでになくなっていても、数回の嘔吐を繰り返す場合もあります。繰り返しになりますが、この場合でも麻酔中は十分に点滴を受けていますので、すぐに水を飲まなくても心配はありません。

さて、医師の指示のもと水を飲んでいただいても、むせたり吐いたりせず問題がなければ、さらに牛乳などを飲ませてみます。そして問題がなければ、徐々にヨーグルトなど柔らかいものから始まり、手術によっては普通の食事をしても良いことになります。
医師や看護師が大丈夫と判断したのち、その時間をお伝えします。その時間より後に、飲ませたりしてあげてください。

外来手術のお子様の場合には、その時間には帰宅できる程の状態になります。この間、看護師によって、体温、脈拍、呼吸、その他全身の状態が観察され、適切な処置がなされますので、ご家族の皆様は安心して、お子様の回復をお待ちになってください。

10. 全身麻酔による副作用について

ご両親にとって、お子様に手術を受けさせるということだけでもショックなのに、まして全身麻酔を受けるとなるとさらに心配なさるのは当然のことだと思います。

ご心配のあまり、ご家族の方からいろいろと質問を受けます。たしかに麻酔による死亡が全く無いという訳ではありませんのでご心配も無理のないことです。しかし、麻酔を専門とする医師のいる病院でのこうした事故は、交通事故による死亡事故の頻度(約1万人に1人)よりもはるかに少ないのです。

麻酔専門の医師がいて麻酔による大きな事故が今までに無かったからといって、全身麻酔に危険性が絶対にないとは断言できません。感染が潜んでいたりお子様の体質やその時の状態によっては麻酔が与える影響が大きく、危険な状態に陥る可能性や入院が長びくことが無いとも言えません。それ故、麻酔をかける前に十分な診察や検査をして、お子様の全身状態を知る必要があるのです。お母様、お父様、そして時には親戚の方々の麻酔や手術の事を話していただくことも大切なのです。

こうした細かい配慮と、あらゆる事態に対処できる麻酔科医、外科医及び、看護師とが協力して、危険な状態を避けたり切り抜けることが可能となります。

11. ご両親様へお願い

今までの説明で麻酔についてはご理解いただけたことと思います。しかし、それでも尚、ご両親様の麻酔や手術に対する不安はどんなにか大きいこととお察しいたします。けれども、ご両親様の不安はそのままお子様の不安となって現れますので、遠慮なく麻酔科外来などでお尋ねくださり、少しでも不安を少なくして下さい。

私達は麻酔や手術について正しい知識をもって頂き、不安感や心理的影響を少しでも軽くしたいという気持ちから、このパンフレットをお配りしたり、説明を行なっております。多くの病院で、お子様が入院されてからも、手術の前に麻酔科の医師や手術室の看護師が病室を訪問し、手術のこと、麻酔のことなどできるだけわかりやすく説明しながらお子様と友達になり、手術当日には笑顔で迎え入れることができますよう努力をしております。

こうした経験を通じて、家庭でご両親様と入院や麻酔、手術などについての会話を持ったお子様は、抵抗なく麻酔を受け入れ手術を終えることが出来、時には兄弟姉妹にうらやましがられたりする場合もあるくらいです。しかし、「デパートへ行こう」とか、「病院へお友達のお見舞いに行こう」などの偽りの説明により入院させられ手術を受けた場合には、お子様は非常な不安と恐怖心を示すことがわかっております。正しい意思疎通が入院前よりなされていることが大切なのです。病院では何が行なわれるかを、わかりやすい言葉でお話していただきたいのです。

説明はなるべく早い時期から始められ、少しずつ繰り返してください。お子様なりに納得することにより、はじめての手術でも、あたかも既に体験したことがあるように思いながら臨めることでしょう。

12. 入院前にしておいていただきたいこと

    1. 入院してから起こること

    入院すれば一時的とはいえ家族と別れての生活になります。ミルクを飲む小さな友達も大きな友達もみな一人で病気を治すために病院に入っています。そして、病気が治ったらすぐにお家に帰れること、お家の皆さんが、お子様が早く元気になるのを待っていることをお話ししてください。

    1. 病気について
  1. どうして病気を治さなければいけないのか、どこを治すのか部位を簡単に説明しておいて下さい。手術の後には、例えば外科ではおなかに絆創膏が貼られていますし、眼科では眼にガーゼを当てておりすぐには眼が見えませんが心配はいりません。整形外科では手術によってはギプス包帯を巻いていてそこがしばらく動かせませんが、病気が治れば自由になれることなどの説明も忘れないで下さい。

    1. 体を清潔に
  2. 入院する前に体を十分にきれいにし、爪を切り、マニキュア等を取っておいて下さい。また、ヘアバンドや指輪なども外しておいて下さい。患者さんの観察が十分にできるように、そして他の患者さんを不用意に傷つけたりしないための配慮なのです。例えば義歯や義眼などのある場合は申し出て下さい。これらは無理に麻酔の前に取っておく必要はありません。予め何があるか解っていれば、お子様を恥ずかしがらせない方法も可能なのです。

13. 病院での手術の前の様子はどうでしょう?

    1. 麻酔科医師や手術室の看護師が病室を訪問します。

    場合によって麻酔科の医師や手術室の看護師が手術室の服装で訪ね、手術室の中の様子を説明し、血圧計や聴診器、麻酔のマスクを実際に着けてみたりすることもあるかもしれません。さらに麻酔のために大切な食事制限をすることや、お薬を飲むこと(甘いシロップや錠剤)など、それから必要な場合には小さな注射があることなどを話します。

    この時でも良いですし、病棟の看護師さんでも結構ですからお子様が特に気になっていることを遠慮なく話して下さい。

    1. 手術室に入ったら
  1. 手術室に行く前に坐薬が投与されたり、薬を飲んだり、ワクチンのように注射をする場合もあります。

    看護師が押すベッドに乗ってご両親と一緒にエレベータで手術室入口まで行き、ご両親は手術室前のロビーでお待ちいただき、お子様だけが手術室に入ることもあります。ここでは、元気で手術を受けるように励ましてあげて下さい。ほとんどのお子様は静かに手術室に入って行きます。

    手術室の中はいくつもの小さな部屋に別れており、その中の一つで手術を受けます。

    この小さな手術室の中はライトや機械がたくさんあって、とても明るい部屋です。眠くなる麻酔が出て来る麻酔器と呼ばれる機械もあります。

    この部屋の中では皆が青い色のマスクや花紋様のついた帽子などをしており、とても面白い感じです。上を見ますと今度は天井ではなく、丸くて大きな円盤のようなライトがあります。ここで、別のベッドに移り、いよいよ麻酔が始まります。

14. 麻酔が始まったら

先ず、指先に赤い光を発する小さなプラスチックの指輪を貼り付けます。これは血液の中の酸素の状態を診断する装置で「パルスオキシメーター」と呼ばれ、麻酔中の患者さんが十分な酸素を受けられるよう見張りをするものです。

次に腕章のような「血圧計」が腕に巻かれます。そして、シュクシュクといった音と共に空気が送り込まれ少し腕が押される感じがする間に血圧が計られますのでこの間だけは腕を動かさないでじっとしていて下さい。

次に胸にいくつかの小さなワッペンを貼りますが、これは心臓の働きを示す「心電図」を見るためのものです。

そしてこれは眠ってからですが、呼吸を見るカプノメーター、酸素や麻酔薬をみる濃度計、手術のやりやすさをみる筋弛緩モニター、麻酔の深さをみる脳波モニターなどがつけられて、安全な麻酔を助けます。

ここまでの準備が終わると、麻酔科医がお子様の口元に宇宙飛行士のマスクのようなものを持ってきます。このマスクには様々な色や形があるうえに、中からお子様の大好きな果物(バナナ・イチゴ・メロン)やアイスクリームの甘い香り、あるいはチューインガムのような香りの風が吹いてきます。好きな香りをリクエストしてみてはどうでしょう。こうした香りの風を口で大きく吹き返すように呼吸しているうちに段々と眠くなります。

大きなお子様の場合には、静脈内注射や腰から薬を入れたりする脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔と呼ばれる方法も行ないますが、こうした場合には予めお子様と話をしてから行ないます。もちろん麻酔科ですから、こうした注射の場合にも痛みを少なくする配慮は忘れませんからご安心下さい。

お子様が眠ってからも麻酔科医の仕事は続き、血圧や脈拍以外にもお子様の体温、呼吸その他ここには書ききれない程の沢山のことに注意し続け、安全に手術が進行します。眠っているうちに手術は終わりますので、痛いこともありませんし、何も覚えていません。

楽しい夢を見ている間に手術が終わってしまうこともあります。どんな長い手術でも、お子様にとっては短い手術と同じにほんの一瞬の出来事に感じられます。

15. 麻酔が終わると

大抵は、手か足に点滴が入った状態で、手術室の中の回復室と呼ばれる所に帰ってきます。そこで患者さんが十分に落ち着いたら、手術室を出ることになり病棟の看護師さんが迎えに来ますので、ご家族の方も先ほど見送った手術室の入口でお子様を迎えることになります。

ここでは、はっきり目がさめてお話ができたり、元気に泣いているお子様もいますが、大抵は静かに眠りながら出てきます。顔に絆創膏を剥がしたあとがあったり、時に見慣れない管がつながれていたりして、手術が終わったばかりのお子様は御両親の目からはとてもかわいそうに思え、声をかけたくなるのも無理はありませんが、その時は敢えて声をかけずに、そっと寝かせておいてあげましょう。

お子様の目がはっきりさめる場所は手術室であったり、病室のこともあります。お子様に面会できれば苦労をねぎらい、ほめてあげて下さい。

ただ、不思議なことに、手術が終わった直後のことをその時は、はっきり覚えている様でも、後々まで覚えているお子様は案外少ないようです。多少泣いたりしていても心配せず、寛容な心で接してあげて下さい。

16. 全身麻酔や手術の精神面への影響は?

入院、手術、麻酔その他の頻回な処置が、お子様の心理に何の影響も及ぼさないということはないはずです。しかし、そうだとしても手術や検査、そしてそのために必要な麻酔を中止するわけにもいきません。そこで、家族の皆様方と医師そして看護師は、それぞれの立場から、それぞれのタイミングを見計らって協力しながら、心理面に与える影響をより良い方向にもっていくように配慮しなければなりません。

ご両親は、どうぞお子様の年齢に合わせて、理解できる程度に手術や入院について話してあげて下さい。特に小さなお子様の場合、なにも事細かく一部始終をお話にならなくても良いのですから、事実に沿って説明し、だまして病院に連れて来るようなことはなさらないで下さい。小さなお子様の場合には数日前にお話するだけでも良いのでしょうが、年齢の大きなお子様の場合には理解しても、現実に対応するまでには多少の日数がかかるかも知れません。

手術や麻酔に関する心配や不安は、年齢に応じて本当に違うものです。小さなお子様は、母親から離れること自体が最大の関心事でしょう、小学生では注射の痛みを最も恐れているかも知れません。中学生にもなると、麻酔や手術そのものによって生じる事態が大きくのしかかってくるかもしれませんし、手術後の将来に不安を感じている場合もあるでしょう。何が最も大きく影響しているかは、結局はご家族の方々が最も理解できるのですから。

そして、こうした努力の上に病院の医師や看護師が、それぞれの立場で説明し、お子様がある程度納得した状態に加えて、お薬による精神の安定などもはかり、むやみな不安感や興奮をおさえながら全身麻酔をすることによって、手術中の肉体的苦痛を極力少なくするという方向にもっていけるのです。

もう一つ大切なことは、手術を受けて退院された後の御家族の態度です。ただ、かわいそうだ、と思ってお子様に気を使うだけでなく、たとえつらい思いをさせたとしても、手術を受けさせたことは、このお子様にとって最良の方法だったのだという自信をもって接して下さい。そして、ある程度会話のできる年齢のお子様の場合には、手術や麻酔、それに入院生活などについて一緒に話してみて下さい。心の中にあるものを口にすることによって、徐々にそれらの刺激的な影響は弱まってくるものです。

17. おわりに

どれほど細かく説明され、どんなに理解し納得したつもりでも、心配や不安感がなくならないのはご家族の立場では当然のことと思います。でも、ある程度までは全身麻酔についてご理解いただけだと思います。せっかく予定された検査や手術を中止したくない気持ちはお互いに同じです。しかし麻酔のリスクがゼロでないことも事実であり、安全のためにご家族のご理解とご協力が欠かせません。

私どもは、お子様の病気を一日でも早く治せるように、手術や検査を安心して受けていただけるように、全ての部門の人々が協力しあっていますので、どうぞ安心してお子様をお任せ下さい。そして、また不安や疑問がありましたら、いつでも麻酔科医や看護師にご質問下さい。病院によっては、お子様や家族を対象に、ビデオを使ったり、手術室で麻酔に使う器具を実際に触れてみながらの説明会を行なっている場合もありますのでお問い合わせ下さい。

最後に、ここにお示ししましたのは、あくまでもご両親のご理解を助けるもので、すべての病院で同じではありません。しかし、すべての麻酔科医は大切なお子様のために安全を確保し、日々努力しております。どうぞよろしくお願い申し上げます。